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Petrovic

21年前の今日、ペトロビッチが死去

ニュース | 07/06/2014

選手はレアル・マドリードでプレーしたシーズン、ヨーロピアン・カップウィナーズカップと国王杯を制覇。
1993年の6月7日、ドラジェン・ペトロビッチが交通事故によりドイツで死去した。1988−89シーズン、マドリードのファンは彼のプレーぶり、そしてチームのヨーロピアン・カップウィナーズカップと国王杯優勝を楽しんだ。バルカン半島出身の選手は28歳の若さで、ヨーロッパのバスケットボール界で伝説の選手となった。

ドラジェン・ペトロビッチは1964年10月22日、シベニク(クロアチア)で誕生。KKシベンカ、シボナ・ザグレブ所属時に欧州の舞台で傑出したプレーを見せ、1988年にレアル・マドリードに入団した。ロス・ブランコスの選手として記憶に残る活躍を見せたのは、62ポイントを挙げたヨーロピアン・カップウィナーズカップの決勝。後にポートランド・トレイルブレイザーズ、ニュージャージー・ネッツでもプレーした。

記憶に残る存在
後者の米国チームでは選手の死去を受け、付けていた背番号3番を永久欠番とした。顕彰のためザグレブでは、レアル・マドリードと契約を交わしたとされているレストランのそばにペトロビッチの博物館が作られた。またシボナのアリーナに隣接する場所には選手を讃える像が置かれている。
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