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伝説のスタジアム

1947年以降、ここはすべてのマドリディスモの夢と希望を現実のものにしてきた

スポーツの神殿になるための発展

1943年、サンティアゴ・ベルナベウがレアル・マドリードの会長職に就き、段々とポピュラーになっていたスポーツの要求と、成長が止まらないクラブに相応しいスタジアの建設という巨大プロジェクトの一つを始動させた。年間シート購入を通してソシオやファンからの助けを受け、並外れた将来展望のもと、クラブはチャマルティンの新スタジアム建設に着手し1947年12月14日に落成式が行われた。

以降サンティアゴ・ベルナベウはスポーツの象徴となるべく改修が行われている。1952年には収容人員を増やし最新設備を備えるためのリフォームが実施された。1955年にはソシオが満場一致でスタジアムが会長の名を掲げることを決定した。1957年には世界で最も照明設備の優れたスタジアムになった。そして1965年にはクラブのすべてのオフィスが併設された。
 
2回目のチャンピオンズリーグ制覇
1957年にはこれまでサンティアゴ・ベルナベウで行われた4回のチャンピオンズリーグ決勝のうちの最初の1回が開催。5月30日、レアル・マドリードはディ・ステファノとヘントのゴールによりフィオレンティーナに2-0で勝利、マドリードの空にクラブ史上2回目のチャンピオンズリーグ優勝トロフィーを掲げた。
 
スペイン初の欧州選手権
1964年6月21日、我々のスタジアムで欧州選手権決勝が行われ、スペインがソビエト連邦(当時)を2-1で下し史上初の成功を収めた。
 
11年で2回のチャンピオンズリーグ決勝
この10年期の最後にはまたサンティアゴ・ベルナベウで欧州タイトルを賭けた一戦があった。1969年5月28日のことで、イタリアチームが4-1で勝利した。

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1980年にはマドリードの神殿を舞台に改めてチャンピオンズリーグ決勝があった。5月28日、ノッティンガム・フォレストがハンブルガーを1-0で破った。
 
1982年ワールドカップ決勝の会場
1982年スペインワールドカップでは、ルイス・デ・カルロス会長のもと大規模な改造が行われ、3つのスタンドを占める屋根のおかげで施設が大幅に改善され多くの場所が悪天候から保護された。照明設備が強化され、最高の電光掲示板がお披露目された。1982年大会の期間中サンティアゴ・ベルナベウはグループリーグの一つと決勝が開催され、イタリアがドイツを3-1で下した。
 
90年代
ラモン・メンドーサの政権下でスタジアム内部、外部ともにスタジアム外観を大きく変える新たな改修が施された。ゴール裏とバックスタンド西側に第3円形スタンド、さらに施設の出入りを容易にするため各コーナーに4つの塔、バックスタンド東側に格納式カバーが建設された。
 
新世紀
2000年にフロレンティーノ・ペレスが会長となると、サンティアゴ・ベルナベウ・スタジアムのマスター・プランが始動。施設の近代化のほか、パドレ・ダミアン通り側にオフィスビルを建設、新たなベルナベウ・ツアー、レストラン群、世界最大クラスのスポーツショップを併設して試合の日だけではなくクラブのためスタジアムを最大限に活用する試みがなされた。
 
2002年9月29日、レアル・マドリードの創設100年記念としてスタジアムでサッカーではないスポーツ行事が行われた。ここで自転車プロロードレース、ブエルタ・ア・エスパーニャのタイムレースがサンティアゴ・ベルナベウのピッチがゴールとなり終わった。
 
エリートスタジアム
今世紀の初めから行われたサンティアゴ・ベルナベウへの投資は、UEFAがエリートスタジアムのカテゴリーに認定した2007年に報われることになる。これは、ヨーロッパの団体の最高の考慮事項であり、主要な大会の決勝戦を継続して開催するための必須要件になる。
 
2010チャンピオンズリーグ決勝
前回開催から30年後、欧州最高レベルの大会の決勝が再びベルナベウ・スタジアムで行われた。2010年5月22日、インテル・ミラノとバイエルン・ミュンヘンが欧州新王座を賭けて戦った。結果はイタリアチームが2-0で勝利した。
 
歴史的なコパ・リベルタドーレス
2018年12月9日は世界サッカー界の歴史的な日の一つ。コパ・リベルタドーレス決勝が初めてアメリカ大陸以外で戦われ、選ばれた舞台はサンティアゴ・ベルナベウ・スタジアムだった。ラ・ボンボネーラでの引き分け(2-2)のあと、勝負を決める試合でリーベルプレートがボカ・ジュニアーズを3-1で下した。
 
その他の主なスポーツイベント
レアル・マドリードはサンティアゴ・ベルナベウ・スタジアムのピッチでインターコンチネンタル杯決勝とUEFA杯の決勝各2回をプレーしている。いずれもホーム・アンド・アウェーでチャンピオンが決まるという方式だった。2度のインターコンチネンタル杯の相手は1960年、1966年ともにペニャロール。最終的にタイトルを勝ち取った2度のUEFA杯の相手はヴィデオトン(1985年)とケルン(1986年)だった。
 
我々のスタジアムはこれまで36回に渡りスペインカップ戦決勝が行われている。

史上最高のクラブであるレアルマドリードの伝説はサンティアゴ・ベルナベウで築かれて来た。そのピッチの上で夢とマドリディスモの希望が現実のものになった。最近10年では5年の間に4回のチームのチャンピオンズリーグ制覇を祝っている。2018年にはサッカーとバスケットが同時に欧州チャンピオンになるという最初のクラブになり、マドリードの神殿のピッチで2チームのお祝いが行われた。

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