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ペトロビッチ死去から27年

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ニュース | 07/06/2020

レアル・マドリードでは欧州カップウィナーズカップと国王杯を1回ずつ制覇
1993年6月7日、ドラジェン・ペトロビッチが交通事故によりドイツで死亡した。マドリードファンは1988/89シーズンにこの選手のプレーを楽しむことができ、白いユニホームに身を包んだ選手はレアル・マドリードの歴史の中に自身の居場所を確保するほどの活躍を果たした。その中には62ポイントを挙げた欧州カップウィナーズカップ決勝のスナイデロ・カセルタ戦がある。このシーズンは国王杯も勝ち取った。
 
ペトロビッチは1964年10月22日、シベニク(クロアチア)出身で、交通事故の当時は28歳。しかしすでにヨーロッパのバスケットボール界で伝説的な存在になっていた。まずKKシベンカで頭角を現し、ザグレブのツィボナ、そしてレアル・マドリードに加入した。 クラブ・ブランコで活躍した後NBAへ活躍の舞台を移し、ポートランド・トレイルブレイザーズとニュージャージー・ネッツでプレーした。この最後のチームでは、選手の死亡を受けて背番号3は永久欠番になった。
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