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    チャンピオンズリーグ, 6節 (グループリーグ)
    サンティアゴ・ベルナベウ
    2016/12/07
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    チャンピオンズリーグ20:45レアル・マドリードvsボルシア・ドルトムント

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    vs
    デポルティボデポルティボ
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    リーガ, 15節
    サンティアゴ・ベルナベウ
    2016/12/10
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    リーガ20:45レアル・マドリードvsデポルティボ

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  1. レアル・マドリードはヘイゼルで6度目の欧州制覇を果たした
  2. ヘント、欧州(ヨーロッパカップ)を唯一6度制覇した選手

1961-1970

チームは変革の時期に差し掛かっていた。スペインでは5連覇を含めてリーガを8回制覇、リーガと総帥杯の2冠優勝もあった。国外でも6度目の欧州チャンピオンズカップを獲得。その原動力となったのは“イェーイェー・マドリード”の世代だった。

 

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1961-62シーズン、レアル・マドリードはドブレテ(リーガと国王杯の2冠)とチャンピオンズカップ準優勝の偉業を達成した。1962年3月18日、マドリードは2試合を残しホームスタジアムでリーガ優勝を確定させた。そして1962年7月8日には国王杯決勝でセビージャを2-1で破っている。
 
スペイン国内だけでなく、1966年にはヨーロッパでも王者に輝く。パルチザンとの決勝では、ディ・ステファノとプスカシュを欠いたものの、ベテランのヘントが先発。その他のメンバーにはアラキスタイン、パチン、ペドロ・デ・フェリペ、サンチス、ピリ、ソコ、セレナ、アマンシオ、グロッソ、ベラスケスらが名を連ねた。6度目の欧州チャンピオンズカップを獲得した後には4人の選手がビートルズを模して記念撮影。以来、この時代のマドリードは「She Loves You」の歌にちなんで、“イェーイェー・マドリード”と呼ばれることになる。

1961 - 1970
  1. 初インタコンチネンタルカップ

    レアル・マドリードはウルグアイのペニャロールを倒し、この大会の初勝利者となった。

  2. チャンピオンズカップ ‘イエイエ’

    ミゲル・ムニョス、サンティアゴ・ベルナベウ、ヘントは6度目のヨーロッパカップと一緒に笑顔でポーズする。

  3. チャンピオンたちを迎えるためバラハス空港が麻痺

    マドリードのバラハス空港は6度目のヨーロッパカップを獲得したレアル・マドリードを迎えるサポーターで埋め尽くされた。

  4. ニューマドリーの鏡ピッリ

    このMFはヨーロッパの王座を奪還した“イエイエ”のチームの鍵のひとつだった。

「魔術師」のファンタジー

将来的にも常にトップでいるためにはチームの若返りが必要とサンティアゴ・ベルナベウは認識していた。1962年には、昇格したデポルティボ・ラ・コルーニャの原動力だったアマンシオ・アマロに着目。22歳での入団以来、「エル・ブルーホ(魔術師)」という愛称を持つガリシア出身のFWはミゲル・ムニョス監督のチームでレギュラーとなる。右サイドで光るプレーを見せ、ファンの人気を集めた。

「魔術師」のファンタジー

マドリード・カンテラ発祥の地

1963年5月18日には、クラブには専用トレーニング施設が必要というベルナベウの考えに基づき、カステジャーナ通り沿いにシウダード・デポルティバ(練習場)がオープンする。サッカーグラウンド、陸上トラック、テニスコートを備え、その後にはバスケットボールのアリーナ、プール、アイススケート場も設けられた。この時代としては革新的な施設に世間も賛嘆、クラブの将来の糧となるカンテラもここから始まった。

マドリード・カンテラ発祥の地

「サエタ・ルビア(金髪の矢)」の退団

チームを11シーズン牽引してきたアルフレド・ディ・ステファノがレアル・マドリードから旅立つ日がついに到来。1964年5月27日の公式戦が最後の出場だった。その3年後、セルティックFCを迎えて引退記念試合が行われ、13分、キャプテンの腕章を外してグロッソに手渡す。サンティアゴ・ベルナベウのスタンドは喝采で別れを告げ、マドリードで308ゴールを挙げた英雄を見送った。

リーガ5連覇

マドリードは前進を続け、1965年4月18日にはクラブ史上初のリーガ5連覇を果たす。この1964-65シーズンには、後に“イェーイェー・マドリード”と呼ばれた選手たちの第1陣が到着。グロッソ、ピリ、サンチス、デ・フェリペらが加入した。

獲得タイトル
欧州チャンピオンズカップ - 1

欧州チャンピオンズカップ

1
リーガ - 8

リーガ

8
総帥杯 - 2

総帥杯

2
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