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バルダーノ ホルヘ・アルベルト バルダーノ・カステジャーノ

1984 · 1987
出生地
ラス・パレハス(サンタ・フェ、アルゼンチン)
生年月日
04/10/1955

「キンタ・デル・ブイトレ」のベストパートナー

ポジション:FW
出場試合数:120
通算得点数:56
アルゼンチン代表:22試合

「キンタ・デル・ブイトレ」(ハゲワシ部隊)の理想的なパートナーとして活躍。188センチと大柄ながら、テクニックにも秀でたフォワードだった。特に騒がれることなく大西洋を渡ったが、スペインで着実に実力を認められるようになった。現役最後のクラブとなったレアル・マドリードは、監督、そしてクラブ役員を務めた最初のクラブでもある。バルダーノの歴史は、とあるマドリディスタの歴史といってよい。
 
16歳で母国アルゼンチンのニューウェルズ・オールド・ボーイズに入団。18歳でファーストチームデビューを果たした。空中戦に強いだけでなく、機動力でも目立ち、そのうえ両足を使えた。そのスキルは、デポルティボ・アラベスの監督を務めていたマドリードの伝説的キャプテン、ホセ・マリア・サラガの目に留まり、1975年に同クラブへ移った。
 
そのビトリアのクラブで4シーズンにわたり活躍した後、サラゴサへ移籍。1984年にはレアル・マドリードに入団した。ファーストチームに昇格したばかりの「キンタ・デル・ブイトレ」との相性は抜群で、エル・ブランコで4つのタイトルを獲得。そのうち2つは、クラブのトロフィールームで他にはないUEFAカップのタイトルである。
 
1987年の初めにB型肝炎と診断され、そのシーズンの終わりに現役を引退。その時まで、リーガの80試合で40ゴールと高い得点率を維持し続けた。その1年前には、アルゼンチン代表としてワールドカップ優勝も経験。しかし、病気の影響と治療の大変さゆえ、プロ生活をそれ以上続けることはできなかった。
 
成功は続く

引退後もクラブにかかわり続けた。まずはU-19チームの監督に就任。その後、中小クラブのテネリフェを欧州カップ戦出場へ導くと、マドリードのファーストチームの指揮官を任された。個性ある攻撃的なサッカーで勝つチームをつくるという目標を実現し、1994-95シーズンのリーガを見事に制覇。そのシーズン、ラウールが17歳でデビューしている。
 
監督引退後はクラブ役員となり、スポーツディレクタ-、のちにゼネラルディレクターを務めている。


獲得タイトル

選手時代
UEFAカップ2回
リーガ2回
 
監督時代
リーガ1回
スペイン・スーパーカップ1回

 
 

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